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死の恐怖

死の恐怖



暑い日々が続いております

みなさまは如何おすごしでしょうか?


今年も八月へと入り

私たち日本人には節目となる季節になりました



今日

いつものコンビニで

いつものように立ち読み(失礼)していました

そして見つけたこの二冊


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この世界の片隅にという作品は

こうの史代さんと言う作者の作品です


8/5にはTVドラマ化もされるそうなので

機会があれば一度手に取って見てください



私がコンビニでコミックを衝動買いすることは先ず有り得ないのですが

この

この世界の片隅でを読んでから

しばらくコミックコーナーから動けませんでした

その後

思い出したかのように

いつものライフガードを取り出しに行きます

何事もなく支払を終え車へと戻ります


けれど


何故かこの作品が気になって仕方がなく

全部読んだのにまたコンビニへ突入

そして

出てきた時には何故かこの二冊が手の中にありました




なっ何を言って(ry



支払はもちWAONカード余裕でした


恐らく

私にとっても何か感じるところがあったのでしょう


今までコンビニで本を買うとか有り得ませんでしたから



そして


肝心の内容はネタバレさせたくもないので

感想を含めて書きません


いえ


書けません

なので

この作品はぜひ一度はご覧ください


掛け値なしに魅力ある作品でした







さて





これだけでは双葉社の回し者っぽい感は否めないので

ここからは独り言の開始です

お時間があればお付き合いください



当たり前のことなのですが

戦争なんて体験していない世代が大多数を占める時代となりました

終戦から何年を経ても

戦争を体験していない私のような世代には

現実感のない重苦しい行事のように感じます


戦争なんて


多くのヒトが巻き込まれ

家族や大切なヒトを護るために戦うだけで

戦争の始まりと終わりは

本当に

本当に

ばかばかしい理屈の塊だと思います


誰もが平穏に暮らしていけたらいいのになあ


そんな願いから

止む終えず戦うことを選んでしまった日本

閉鎖的な感情が

権力が権力を欲し

ただでさえ

小さな島国の日本をさらにさらに歪めてしまいました


戦争と理不尽


この二つの言葉はとても可哀相な意味を与えられました

戦争という行為がなければ

戦争なんて言葉は存在せず

理不尽という行為は

戦争がなければただのヒトとヒトの間でのいざこざだったかも知れません


大切なヒト

大切な家族


代用の効かないその存在を

戦争は

振り返る暇さえ与えられず奪っていきます

容赦はありません



私は

歳の割に年輩の友人が多く

去年に亡くなりましたが

満州生まれで享年80歳だったおじいちゃんとは

色々と気の合う良い友人になれました



どうも同年代のヒトとは考え方が違うのか合いません



そんなおじいちゃんとは仕事で色々と組んで勉強させてもらいました

その時に

敗戦した日本へ

当時は植民地だった満州からの引き揚げの時のことをたくさん教えられました


そのおじいちゃんは


若い頃に軍用馬の調教を始めたそうです

満州で生まれ

ただ生きるために軍用馬の世話を習ったと言いました


でも


敗戦が濃厚になる雰囲気は次第に広がり

日本が敗戦国となれば

いつまでも満州にはいられません

そんなことを若いながらに感じていたそうです


案の定


日本は敗戦し米国の監視下に置かれます

その時のことです

当時の日本が誘致した満州から

今度は脱出しなければいけない時が来ました


勘のいいヒトは先に日本へ引き揚げたそうですが

そうではないヒトたちは

今度は逆に虐げられ

中には命を落とした方もいたそうです




私が知らないことを次々と聞かせてくれました




仕方もありません

今まで虐げられていた方々からすれば

日本人は全て敵同然なのです



そのおじいちゃんは命からがら

着の身着のままで引き揚げ船へ潜り込んだそうです

満州にいた日本人全てが

日本の地を踏むことは出来ないだろうと思ったそうです

たくさん殺されたそうです


でも


その時

満州でも

日本人によくしてくれる地元の方がいたそうです

おじいちゃんはその方々に庇ってもらい

何とか日本の地を踏むことが出来たんだと感謝していました



やりきれません



このように

大人は兎も角

子供でさえ問答無用で巻き込みます


人間の尊厳とか

人間の権利とか

人間の法など


ただの言葉遊びにもならない時こそが戦争と呼ばれる状態だと思います



有益な戦争

無益な戦争



そんなことのために

毎日を一生懸命に生きているヒトにはどうでもいいことです

命を落としたヒトがいれば

その家族や恋人にとっては無益なことこの上ないでしょう

例え国が戦争に勝ったとしてもです



なんて



私みたいに屁理屈をこねている暇すらないのが戦争です

平穏に暮らしていたかった方々にすら

選択肢を選ばせない国へとしてしまったことは

総じて

当時の日本人の責任でもあると思います




なんて



殺されかけた当のおじいちゃんは

そんなことを笑いながら聞かせてくれました


逞しいくも強い精神だと頭が下がる思いでした




そんな

おじいちゃんが亡くなる少し前

京都府は舞鶴にある

満州からの引き揚げ記念館を訪ねたいと口癖のように言っていました

その願いも叶い

さあ

これから温泉めぐりと洒落込もうかな!

なんて話していた後しばらくして

心残りが消えたかのように亡くなりました


やっぱり


戦争で全てを失ってから

文字通り「裸一貫」で立派な家まで建てたおじいちゃんです

ずっと無理を続けていたことでしょう


家族に囲まれての大往生です


私の尊敬する数少ない人間の一人です





誰もがこのおじいちゃんのように上手くいくとは限りません

戦争に巻き込まれ

悲惨な結果を迎えてしまう方々も大勢いると思います

ヒトの一生から見ても

立て直すために必要な時間は

一代、若しくは二代は必要かも知れません

その間

新しい世代が育つまで

戦争で受けた傷痕は急には癒えません

無事に次の世代

また次の世代へと命が続いていくことで

やっと傷痕が薄れて行くのだと思いました

まさに

おじいちゃんの生き様を見ているかの如くでした



ヒトは誰しも



このおじいちゃんのように強くはありません

支えがなければ命を絶つヒトもいるでしょう

今のヒトたちとは

生きることについての密度が違います



生きたくても生きる選択肢を奪われてしまう戦争時代

生きるよりも死の選択肢を安易に選んでしまう現代






どちらが幸せなのでしょうか






まだ

私にはわかりません


私も死にたいと思う時はあります

でも

どうしようもないバカなのでその度胸もありません

ほんと

バカです



物質で満たされた世界にいると

みんなバカになるのかも?知れません


けれども



今は

生きていられることが意味あることだと

当時の狂った日本を省みて

ほんの少しだけ

ほんの少しだけでいいので

この作品を読みながら


想像し

意味を考え

相手の気持ちを察してあげる


そして

今の自分と置き換えてみる



戦争で亡くなられた方々全てに祈りは捧げられませんが

狂気に向かって行った日本を再現しないよう

この作品を読んだあと

今一度だけ

深く考えていただけると幸いです

繰り返させないことも供養になると私は思っていますが

その肝心要の我々世代やさらに新しい世代に

経験したことのない戦争について諭すことも困難です

でも

戦争を知らない世代が当たり前のように育つ日本であって欲しいと願います





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